2013年2月24日日曜日

あのギャグは、ツボに入らず、皮肉で笑う。

近所の駐車場にて。

また車が燃えていました(笑)




日本ではアイドルが「火遊び」して大きな騒動になっているというニュースを耳にしました。

相変わらず平和なようで安心しております。

フランス人に「規則破ったら丸刈りやからな!!」って言ったら、

たぶん全員規則を破るかと思います。

どうも山田です。

ってなわけで、僕も頭刈ってきました。

前回と同様、パリのオペラ界隈で、ちびっこからおばさままで、江戸っ子からパリジェンヌまで、

幅広い層から絶大な人気と信頼を得ておられます美容室「TAKEO FUJII」さんで、

カリスマ美容師のマコトヤマグチ氏にハサミを入れていただきました。

お陰様で、ちょっとカッコよくなりました。

そういえば、マコトヤマグチ氏から素晴らしい名言を頂いたのですが、

散髪後のシャンプーが気持ち良すぎて、何やったか忘れました(笑)

確か「記憶に残らないものは名言ではない」とかそんなんやったかと思います。




さて、昨日は、マルヌ・ラ・ヴァレ大学での第5回目の日本文化講義がありました。

今回のテーマは「日本と南米の関係について」。

これは、僕がやりたいと思ったテーマというより、

大学側からやって欲しいと要望されたテーマなのですが、

ひとつ返事でOKしたはいいものの、日本と南米の関係って言われても…

何にも知らないし、ちゃんとした講義が出来るのか不安な気持ちがありました。

ひとまず、日本とブラジルの位置関係について説明する際に、

ブラジルは日本のちょうど裏側にあるということで、

サバンナ八木さんの伝説(?)のギャグを紹介させていただきました。

「彼は日本のコメディアンで、意味不明なギャグで笑いをとるのですが、

彼のギャグの一つにこんなのがあります。

いきなり地面に向かって彼は叫びます。『ブラジルのみなさん聞こえますかー?』と。」


しーん…。


や、やばいよ。八木さん、フランスでもスベってるよ。

「ブラジル人から返事が来たことはありません。それどころか、客席からの反応もありません」

とちょっと皮肉った解説を加えると笑いが起こりました。

危ない危ない。八木さんをスベらせるところやったで。

こんな感じで、真面目な話ばかりではなく、ちょっと「笑いの要素」も入れて講義しています。

笑いのツボが違う外国人を笑わせるのは大変ですが、これも大事なことだと考えています。

たまに、「ここ笑いどころやで!」ってところで妙な空気が流れたりして凹みはしますが、

それでも思い通りにみんなが笑ってくれるとちょっと快感だったりします。


とにもかくにも、日本と南米について色々と調べていくうちに、

いくつもおもしろい話を発見でき、なかなか興味深い講義にできたのではないかと思っています。

今日は、講義でお話した中からひとつだけみなさんにもご紹介したいと思います。

最近、格差社会が問題となり、「勝ち組、負け組」という言葉を色々な場面で耳にしますよね。

実はこの言葉の本来の意味は、ブラジルにおける日系社会で出てきた言葉なんです。

戦後のブラジルにおいて、非常に「奇妙な」問題が発生しました。

「戦争で日本は米国に負けた」と考える日本人と、

「戦争で日本は米国に勝った」と主張する日本人が対立して抗争が起こったのです。

「勝ち組、負け組」というのは本来はこの出来事を指します。

これは現地での情報不足や日系人社会における政治的陰謀などが要因だったそうなのですが、

当時ブラジルにいた300万人の日本人のうちのなんと9割、つまり270万人もの現地日本人が、

日本の勝利を信じていた「勝ち組」であったというのですから驚きます。

中には、日本に帰国した際に、著しい経済発展を目にして「あぁやっぱり日本は勝ったんだ」

と思った人もいたようです。

「勝ち組、負け組」という流行語の裏にはこんな歴史があったのです。


個人的には、最近のこの「勝ち組、負け組」などといった言い方は好きではありません。

メディアは好んでこの言葉を使い、様々な場面において勝ち負けの優劣をつけて形容しますが、

これは「競争心」を煽り、「周りはどうであれ、自分がよければいい」

という思想に繋がるような気がするのです。

車に火を放って法を犯すうちの近所の荒くれ者や、火遊びで集団の規則を破る某アイドルなど、

周りのことを考えずに自分の欲に走るのではなく、

「この人をカッコよくしてあげよう」という某カリスマ美容師や、

「みんなを笑わせよう」というサバンナ八木さんのような、

周りの人を幸せにしてあげようということこそが大事なのではないかなと僕は思います。


ちなみに、この本来の意味における「勝ち組、負け組」の出来事は、

「汚れた心」(伊原剛志、常盤貴子主演)という映画になっていますので、

興味のある方はご覧になってみて下さい。




映画「汚れた心」





それではみなさま、よい週末をお迎えください。

さよなら、さよなら、さよなら(懐かしの淀川長治さん風に)。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年2月12日火曜日

冬空に、浮かぶ日を背に、カラスはどこへ。




ご覧ください、この寸止めテク!!

ドライバーの「ドヤ顔」が目に浮かびます。

(3行目にして早くも)話変わって…

先週、うちの事務所に新しい社員(男性←ここ重要)が入ってきました。

実は僕の働く事務所は常勤の社員4人、非常勤の研修生2人、みんな女性なんです。

女性に囲まれて仕事するやなんて天国やな!!と思ってたのに…

まぁそんなことよりもね、彼の名前忘れちゃってしどろもどろ(笑)

「名前なんやっけ?」と思って、でも「あの人の名前何やった?」って聞くのもあれやし…

誰かが彼を呼ぶのを待とうと思って、パソコンカチャカチャしてるフリして聞き耳立てました。

そしたら「ロマリック」って名前だとわかりました。

昼休み、ロマリックが居ない時に、研修生のマノンとモルガンが

「あのムシューの名前なんだっけ?」って言うてたから教えてあげました。

「ロマリックやで!!」って。

「ドヤ顔」で…。


あ、どうも山田です。

さて、今日は日本の「建国記念日」ですね。

そこで今日は日本の建国について話をしたいと思います。

みなさん、自分の国の建国について知っていますか?

日本の建国は今から紀元前660年まで遡ります。

つまり今日は日本の「2673歳」の誕生日となるわけです。

日本は世界中の国々の中で一番古い国で、一番の長老です。

二番目に歴史が長いデンマーク王国で約1000年、三番目のイギリス王国で946年ですから、

日本が如何に古い国なのかがわかります。

日本の建国は神武天皇が日本を統一して初代天皇として即位した日なのですが、

それが2月11日(旧暦の元旦)なのです。

もちろんこれは712年に編纂された「古事記」と、720年に編纂された「日本書記」にある

「神話」の話ですから、「事実」ではないかもしれません。

しかし、「この神話が事実かどうか」は大したことではなく、

大事なのは「日本が文字もない時代に建国されたという事実」であり、

「日本が建国以来、一度も他の民族から侵略を受けることがなかったという事実」です。

他の民族から侵略を受けなかったからこそ、古くからの伝統が今もこの国に残っているのです。

この神武天皇が、太陽神である「天照大神」という神の子孫であるということ、

現在の今上天皇が、神武天皇の末裔にあたるということは、

我々日本人は神話から繋がる「神秘的な国」に生きているということです。



さて、この神武天皇の日本統一に関して面白い話があります。

みなさん、このサッカー日本代表のエンブレムをご存知ですよね?




実はこのエンブレムがこの神武天皇の日本統一に大きく関係しているのです。

どういうことかというと…

神武天皇は日本を統一するために、日向(現在の宮崎県)を出発して東へ向かいました。

熊野国(現在の和歌山県南部および三重県南部)で道に迷われた神武天皇を

大和国(現在の奈良県)へ道案内をして、日本統一に貢献したのが

このエンブレムに描かれている「八咫烏(やたがらす)」なのです。

それ以来、八咫烏は勝利に導く鳥とされ、

現在は日本代表を勝利に導くためにそのユニフォームの胸にいているわけです。

八咫烏は足が三本ありますが、これは「天(神)、地(自然)、人」を表しているそうで、

神と自然と人が一体となっているところに日本人の持つ「自然観」を感じます。

「なるほど!」と思われた方は、さっそく隣にいる人に話してみてはいかがでしょうか。

「ドヤ顔」で…笑。


この建国の話は「日本人と自然、宗教の奇妙な関係」と題した第三回目の大学での講義でも

フランス人の学生たちにお話ししました。

世界のどこの国の人でも自分の国の建国について知っています。

フランス人なら「俺たちが革命で独裁王を処刑して自由と平等、そして友愛を手に入れたんだ」、

アメリカ人なら「俺たちが独立戦争で勝利して人民の人民による人民のための国を作ったんだ」、

ドイツ人なら「俺たちがベルリンの壁をぶっ壊して東と西を一つにしたんだ」と、

誇らしげに、熱く語るでしょう。

ところが、日本人はというと、これら外国の建国については知っていても、

自分の国の建国となると聞かれても答えられない人が少なくないと感じます。

「建国記念日」という一年に一度の機会に、日本という国がどのようにしてできたのかを考え、

日本という国に生まれ、日本人として育ったことを誇りに思うと同時に、

2600年以上もの間この国を守ってきた祖先に対して感謝の念を持つことは、

この国を守るということに繋がるのではないかと思います。

こういったことを感じられるのも、日本から離れた異国にいるからなのかもしれません。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年2月4日月曜日

福は内、外では鬼が、車を焦がす。





駅の横の駐車場で車が一台全焼していました。

顔文字で言うところの

( ゚Д゚)

こんな感じです。

やっぱりフランスはおっかないところです。

もはやこんなぐらいじゃ驚かへんくなった自分に驚いています。

ベッカムも今頃カルチャーショック受けてるんちゃうかな。

どうも山田です。


昨日、ボディソープ買うたらハンドソープでした。

全焼した車見つけた時以上に

( ゚Д゚)

でした。

ちなみに、普段は顔文字とか全く使いません(というか使い方がわからない)。

「ひょえー」って入力したら「( ゚Д゚)」←こいつが出てきました。


さて、来週の木曜日に小学校で最後の日本文化体験授業があります。

そう、もう最後なんです。

そら、子供たちも僕なんかと遊んでばっかいられへんもんね。

写真を載せられないので、小学校での授業風景はここにはあまり書けませんでしたが、

日本文化を通した授業、特に交流をする御影小学校へお贈りする作品作りをしました。

最後の授業では「お弁当作り」をするんですが、

そこで、感謝の気持ちも込めて、子供たちに手巻き寿司を振る舞おうかと思っています。

ということで、夕食を兼ねて手巻き寿司作りの練習をしてみました。




手巻き寿司作るのなんか学生時代に僕の家で手巻き寿司パーティ(通称巻きパ)した以来。

懐かしいなぁ。あの頃は授業もろくに出んとアホなことばっかしてたなぁ。

さすがに車燃やすとかはなかったけど(笑)

燃やしてたのはもっぱら青春の友情だけ。って何言うてんねん。


さて、手巻き寿司いうてもこっちじゃあんまり具材が手に入らないのですが、

サーモン(+レタス、レモン、マヨ)、ツナ(+マヨ、チーズ、レタス)の二種類を作ってみました。





形はあんまりやけど、意外に美味しかったので、調子に乗ってこれから毎晩練習します。

というか毎日食べたいだけです。毎日お寿司食べれるとか夢のようです。

そういや今日は偶然にも節分。

豆は撒かへんけど、寿司巻いたしええか。

山田君、座布団!

…って持っていくんかい( ゚Д゚)!!笑

豆がないからグリーンピース食べます。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年2月1日金曜日

お金より、心の大きさ、美しさ。


青信号が逆さになっていました。でもフランス人はそんなこと気にしません。

上を向いていようが下を向いていようが、青信号だろうが赤信号だろうが、気にしません。

僕もそんな心の大きな男になりたいと思います。

どうも山田です。


昨日、フランスにビッグニュースが飛び込んで参りました。

ベッカムがLAギャラクシー(アメリカ)からパリサンジェルマンへ移籍することが発表されたのです。


LAギャラクシーからPSGに加入したデヴィッド・ベッカム(写真:Le monde.fr)


またサッカーの話かとやれやれの人もベッカムなら読んでくれるでしょ?

どんだけお腹いっぱいご飯食べても甘いものだけは別腹でしょ?

元イングランド代表のベッカムは、マンチェスターユナイテッド、レアルマドリード、ACミランなど、

欧州のビッグクラブを渡り歩いてきたサッカー界のスーパースターです。

とはいえベッカムももう37歳。体力、技術の衰えも指摘されています。

パリサンジェルマンにとってこれがいい買い物なのか、無駄遣いなのかは、

実際にプレーを見てみないとわかりません。

スタジアムは満員になるでしょうし、ユニフォームも売れるでしょうから、

商業的には既に成功と見て間違いないかと思いますが。

僕もせっかくパリにいてるので、一度スタジアムに足を運んでみたいと思います。


さて、パリサンジェルマンとは一体どんなクラブなのか、ご紹介しましょう。

PSG(ペーエスジェー)と呼ばれるパリ・サンジェルマンは1970年に創設されたクラブで、

欧州の多くのクラブが100年近くの歴史を持つのに比べると、比較的新しいクラブです。

もともとパリにはいくつかのクラブがあったのですが、60年代にどのクラブも低迷してしまい、

60年代の終わりにはフランスの1部リーグからパリのクラブがなくなってしまいます。

そこでパリにビッグクラブ(つまり欧州一のクラブ)を作ろうという運動が起こりました。

著名人らがお金を出し合い、パリに新しいクラブが出来ました。

その新しいクラブとパリ郊外のサンジェルマン・アン・レイ市のクラブが合体して誕生したのが

パリサンジェルマンです。

パリ市内にサンジェルマン・デ・プレという地区があるため勘違いする人が多いのですが、

パリサンジェルマンのサンジェルマンは、このサンジェルマン・アン・レイのサンジェルマンです。

現在もパリサンジェルマンの練習場はこのサンジェルマン・アン・レイ市にあります。

ちなみに、1970年創設時のクラブの会長であるピエール=エチエンヌ・ギュヨ氏は、

2002年W杯で日本代表のフィリップ・トルシエ監督のアシスタントとして活躍し、

現在は日本でジャーナリストとして活動しているフローラン・ダバディのおじいちゃんです。

パリサンジェルマンはフランスリーグ2回の優勝を誇るフランスの名門クラブになりましたが、

欧州のビッグクラブからは程遠く、近年は低迷を続けていました。

ところが、2011年にカタール王族のナセル・アル・ケライフィ氏がクラブを買収すると、

潤沢な資金を駆使して次々と有名選手を獲得し、改めて欧州一のクラブを目指しています。

著名人らが資金を出し合って創設したパリサンジェルマンはそうではありませんが、

欧州のほとんどのクラブは、それぞれの自治体が創設し所有し管理してきました。

それが、最近ではお金持ちがクラブを買い、有名選手を買い漁るようになりました。

個人的には、こういったサッカー界への過剰なビジネスの介入を快くは思っていませんが、

国内リーグの人気が衰えてきているフランスサッカー界にとっては意味のあることかと思います。


ところで、ベッカムはパリサンジェルマンからの給料全額を、

恵まれない子供たちへの慈善事業に寄付することを明言しています。

顔だけちゃうんかい!!っていうツッコミが世界中から聞こえます。

完全に話が反れてしまいますが、ふと、ジェラール・ドパルデューの顔が浮かびました。

フランス映画界を代表する俳優です。


フランス映画界の重鎮ジェラール・ドパルデュー氏(写真:parismatch)


昨年、フランス政府は年収が100万€(約1億2500万円)を超える者に対し、

75%の所得税を課す方針を固めました。

これに反発したドパルデュー氏はフランス国境に近いベルギーの村に移住。

それがメディアで報じられ、「税金逃れ」「団結心の欠如」などと批判されると、

「フランス国籍を返還する」と宣言して、ベルギー国籍の取得へ動きました。

結局、富裕層に寛容な税制をとるロシア政府から招待を受け、ロシア国籍を取得しました。

日本でも最近は「勝ち組、負け組」などと格差社会が話題になったりしていますが、

欧州でのそれとは比較できないかと思います。

しかし、収入を慈善事業に充てるお金持ちがいる一方で、

国を捨ててまでもお金にしがみつくお金持ちもいるわけです。

ドパルデュー氏は「これは税金逃れの為ではなく、

才能のある成功者を罰しようとする政策に反対するため」と主張しているし、

お金持ちから税金を多くとった方がいいなどとは単純には言えませんが、

ドパルデュー氏の行動とベッカムの行動を見ると、やはりベッカムの行動に美しさを感じます。

ベッカムを動かしたのは、お金ではなく、欧州一のクラブを目指すPSGのビジョンであり、

何よりサッカーに対する情熱だったのだと思います。

人は誰もが「幸せ」を求めて生きていますが、少なくともお金で「幸せ」は買えない。

お金では買えないものが「幸せ」を作るのだと、僕は思います。


サッカーネタから政治ネタ、そして幸福論と、幅の広さを見せてみました。

ベッカムのように顔もお金も才能もないけれど、僕も心だけは美しくありたいと思います

ドパルデュー氏のように体も顔も大きくはないけれど、僕は心だけは大きくありたいと思います。



日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年1月27日日曜日

ちびっこに、追いかけられつつ、時を追う。

小学校での授業の休憩時間、僕には休む時間などありません。

決まって子供たちとの追いかけっこが始まるからです。

追いかけっこというか、僕にとっては追いかけられっこ。

まず、子供たちが僕を追いかけます。

僕は全速力で逃げます。

振り返ると子供は5人から10人に増えている。

囲まれて、逃げ場を失い捕まる。

子供たちは僕を逃がします。

また僕が逃げて、振り返ると子供の数は20人に増えていて、囲まれて捕まる。

この繰り返し。

たとえ僕が疲れようが、息が切れようが、子供たちには関係ない。

僕に出来るのは、休憩時間終了の笛が鳴るのを待つことだけ。

こんな感じで小学生にも可愛がられております。

どうも山田です。

気づけば、こちらに来てもう4か月が経とうとしています。

ただただ早い。時の流れは、追いかけても追いかけても捕まえられません。

ああ時の流れの恐ろしさよ。

光陰矢の如し。

さて、今日はちょっと告知を。

僕の後任となる次期日仏交流コーディネーターの募集が始まりました。

詳しくは(公財)兵庫県国際交流協会のHPにアップされている記事をご覧ください。

http://www.hyogo-ip.or.jp/nlist/news2012/modtreepage01_15839/


このブログの一番最初の投稿で書きましたが、

ここで今一度、「日仏交流コーディネーター」の仕事についてお話しておきます。

このプログラムは、兵庫県とセーヌ・エ・マルヌ県の友好交流事業の一環として

20年以上続いているもので、毎年一名が「日仏交流コーディネーター」として

兵庫県からフランス セーヌ・エ・マルヌ県(パリの東隣に位置する県)に派遣されます。

日仏交流コーディネーターの任務は以下の通り。

1.セーヌ・エ・マルヌ経済振興公社でアシスタントとして勤務する。
セーヌ・エ・マルヌ経済振興公社は、セーヌ・エ・マルヌ県議会(日本でいう県庁)の外郭組織で、県内の経済開発を推進する業務をしています。そこで日仏交流コーディネーターは、日本に関する案件を担当し、セーヌ・エ・マルヌ県への進出を希望する日本企業、日本への進出を希望するセーヌ・エ・マルヌ県企業の支援、仲介をします。翻訳や通訳業務が主になります。

2.マルヌ・ラ・ヴァレ大学にて日本文化についての講義をする。
マルヌ・ラ・ヴァレ大学で日本文化についての講義を行います。講義は2時間で、受講生は毎回約100人です。

3.現地小学校にて日本文化体験授業をする。また、現地小学校と兵庫県内の小学校の交流を支援する。
グレッツ市にあるジョルジュ・トラヴェール小学校で日本文化体験授業をします。また今年度から、神戸市立御影小学校との交流事業が始まり、児童の作った作品などを贈りあったりしています。授業の様子をこのブログでも書きたいのですが、写真を載せるのが難しいのでなかなか出来ません。

4.兵庫県パリ事務所のお手伝いをする。
僕がこちらに来てからはまだあまりないのですが、パリにある兵庫県事務所にお手伝いをお願いされることがあります。

.マルヌ・ラ・ヴァレ大学にて専攻分野の講義を受講する。
僕の場合は、マルヌ・ラ・ヴァレ大学院で現代文学を専攻しています。

6.ブログで現地での生活の様子を発信する。
おかげさまで、アクセス数が5000件を越えました。


さて、一体どんな方が僕の後任となるのでしょうか。

僕自身、20年以上続いてきたこの交流事業に携わってきた全ての方々が積み重ねてきた

努力や苦労があるからこそここに立てています。

僕がここでしっかりと仕事をすることで、次の方の下地になるかと思いますので、

僕としては、一日一日を精一杯やっていくだけです。

もうすでに4か月も経ったとはいえ、まだあと8か月もあります。

やり残すことのないように、後悔することのないように、ここで燃え尽きることができるように。

まだまだ冒険は道半ば。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年1月21日月曜日

雪だるま、白く染まった、パリの街。

雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ冬ノ寒サニ…は負けそうです。

どうも山田です。

先週まで「今年の冬は暖かい」なんて声があちらこちらから聞こえておりまして、

「なあんや、パリの寒さなんて大したことあらへんな」なんて高を括っていましたが、

一転して今週から雪、雪、雪と、パリの寒さは本気を出してきました。

パリでもこれだけ雪が降ることは珍しいそうです。

というわけで、ちょっと雪のパリを見てみるかってなことで散策に行って参りました。

街には誰が作ったかあちこちに雪だるまが…。


セーヌ川のほとりでピースサインに応じる雪だるま氏


ルーブル美術館で来場者を迎える雪だるま三兄弟




ちなみに、雪だるまはフランス語でbonhomme de neige(ボノンム ドゥ ネージュ)と言います。

直訳すると「雪の兄ちゃん」ってな感じでしょうか。

この場合の「兄ちゃん」はいわゆる「兄」ではなくて、

大阪のおばちゃんがよく使う方の「兄ちゃん」ね。



雪で白く染まったシャンゼリゼ通り


パリの雪化粧を高みから見下ろすエッフェルとカモメ




パリの景色は綺麗やし、街並みは美しいのですが、

正直なところ何度も見過ぎてちょっと新鮮味がなくなってきていた今日この頃。

そんなところにこの雪化粧ですよ。

改めてパリの綺麗さ、美しさを感じることが出来ました。

いやぁ惚れ直しましたよ。

いつもすっぴんな女性がたまに化粧をするようですね。

そんなことを考えながら道を歩いていると、

いきなり雪の玉が飛んできて、僕の頭に見事なまでに直撃しました。

「蛇の足より人の足見よ」ってことですね。
※役に立たないことを考えるよりも、身近なことについて考える方が大切だということ。



頭に雪砲弾を受け震える山田


犯人はこの男!!


カーズのキャラクター(?)と記念撮影するギヨーム


友達のギヨームです。イェーイちゃうねん。

その大きな手で作られた雪玉で僕に宣戦布告してきたわけですが、

反撃を期した僕の投げた雪玉は空中分解してしまい、さらに大きな雪玉を頂戴してしまいました。

「藪をつついて蛇を出す」とはまさにこのことです。
※余計なことをして、かえって悪い結果をまねくこと。

まぁ「蛇が蚊を呑んだような」顔をしておきましたけどね。
※少しも感じないで、けろりとしているさま。

さて、ギヨームについて少し紹介を。

僕は兵庫県とセーヌ・エ・マルヌ県の人物交流としてこちらに派遣されているわけですが、

逆にセーヌ・エ・マルヌ県からも研修生が兵庫県に派遣されています。

ギヨームは昨年、その研修生として派遣され、

日本の企業で3ヶ月間インターンシップをしていたのです。

彼の日本滞在中、兵庫県国際交流協会でフランス派遣前の研修中だった僕が、

色々と彼のお世話をさせていただいていました。

実際は、「お世話」やなんて上から目線で言えるようなことは何にもしておりませんで、

ただ単に気が合ったから仕事以外でも一緒に遊んだりしてただけなんですけど。

ギヨームは日本での日々を非常に懐かしく思ってくれて、またいつか日本に行きたいと、

日本に対する興味をより一層深めてくれています。

そんな様子を見ると、僕も彼の日本での生活に関わった一人として、本当に嬉しく思うのです。

今後もこのブログに度々登場してくれるかと思います。



遠近法により小さく見える山田(左)と、逆に大きく見えるギヨーム(右)


さて、このパリの雪はしばらく続くようで、寒さが苦手な僕は「蛇に睨まれた蛙」状態です。
※非常に恐ろしいもの、苦手なものの前で、身がすぐんでしまい動けなくなるようす。

「蛇が出そうで蚊も出ぬ」ことを願っています。
※何か大きなことが起こりそうだが、実際はこれといって何も起きないこと。

今年は蛇年ということで、蛇のことわざを強引にねじ込んでみました。

書いてる僕も意味がよくわかっておりません。

今年は「常山の蛇勢」というべき文章で、このブログを皆様にお楽しみいただきたく思います。
※文章などの構成が一貫しており、破綻がないこと。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士

2013年1月13日日曜日

ロンドンよ、ありがとーます、また来ます。

ロンドン旅行最終日。

またサッカーです(笑)

「サッカーの聖地」と呼ばれるウェンブリースタジアムへ行きました。




欧州ではバルセロナのカンプノウに次いで2番目に大きい9万人収容のスタジアムです。

イングランド代表の本拠地であり、サッカーだけでなくコンサートなどにも使用されるそうです。

日本で言う国立競技場、フランスで言うスタッド・ド・フランスかな。

今年のチャンピオンズリーグ決勝もここで行われます。

この日は試合があるわけではなかったのですが、

普段は関係者しか入れないスタジアムの裏側を回るスタジアムツアーに参加しました。




まずはロッカールーム。

写真は将来が楽しみなチビっ子です。

全く笑顔がないところから察するに、試合前の選手になりきっているようです。集中してます。




続いてピッチへ。

芝生の中までは入れませんでしたが、「聖地」の雰囲気を感じることが出来ました。

9万人の観客の歓声に包まれながら入場していく選手たちを想像します。

国、もしくはクラブの名誉、9万人の観衆の期待、負けられない重圧、

素晴らしいピッチに立てる喜び、色んなものを背負ってここに立つのでしょう。

ピッチではグリーンキーパーの方たちが作業をしていました。

実は僕、神戸ウイングスタジアム(ホームズスタジアム神戸)で6年間、

グリーンキーパーのアルバイトをしていたんです。

ウイングのみなさん、ウェンブリーでもジョンディーを使ってましたよ!!




続いて観客席に。

ピッチで戦う選ばれし精鋭たちの一挙手一投足をただ一心に見つめる観客をを想像します。

週末のフットボールだけを楽しみに毎日毎日汗水たらして働くおじさんが握りしめるのは、

やっとの思いで手に入れた2枚のチケットと、

将来自分もこのピッチに立つんだと大きな夢を描く息子の小さな手。

ピッチの上で繰り広げられるスペクタクルだけでなく、観客席の一人一人にドラマがある。

やっぱサッカーっていいもんだなと感じました。




あ、ここでも発見「極度乾燥」。




最後は記者会見場。

監督になったような気分。記者から質問が飛びます。

記者「いよいよロンドンでの旅も終わりに近づきましたね」

監督「そうですね。本当にあっという間でした。」

記者「ロンドンの街はいかがでしたか?」

監督「街並みが綺麗で、清潔でしたね。それから人も親切でした。フランスとはまた違った雰囲気でしたね。」

記者「ロンドンとパリの違いを分析すると?」

監督「ロンドンもパリも多国籍の人種が共存している街ですが、ロンドンにはインド系の人が多く、パリと比べるとアラブ系、黒人の割合が少ないように見えましたね。」

記者「エリザベス女王については?」

監督「硬貨と紙幣の裏にいっぱいいてはりました。愛されてるんでしょうね。イギリス王室が国民に与えている影響というのは大きいものがあると思いますね。王を排除したフランスとの違いや、あるいは皇室を持つ日本との共通点なんかもありそうです。」

記者「飛行機の時間は大丈夫ですか?」

監督「実はつい最近、リールで電車を乗り逃してしまって。今回はちゃんと確認しましたよ。」

記者「じゃあ今回は大きなサプライズはないということですか。」

監督「用意はしていませんが、サプライズはいつ起こるかわからないからサプライズなんです。」

記者「よくわかりませんが。お気をつけて。」

監督「ありがトーマス。」


さて、ロンドン旅行もこれで終わり。

そういえば僕、英語が全然話せないんですけどなんとかなりました。

言葉でのトラブルは全くありませんでした(強いて言えば石鹸買わされたぐらい)。

大事なのは、間違いのない文法ではなく、訛りのない発音でもなく、豊富な語彙でもなく、

伝えようという気持ちです。言葉ってそういうものだと思います。


飛行機で帰途につき、パリに戻ると、なんだか故郷に帰ったような落ち着きがありました。

次はどこへ行こうか。



日仏交流コーディネーター
山田 剛士