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2015年1月18日日曜日

朱の門に、いくたの願い、結い集う。

お正月は、日本人にとって数少ない長期休暇の一つです。 
旅行に出かける人もいますが、たいていの人は故郷で過ごすのではないでしょうか。
お正月のメインイベントといえば、やはり「初詣」でしょう。

僕は毎年同様、地元神戸の生田神社を参拝しました。

生田神社にて
神社に祀られている神様は神社によって異なりますが、ここ生田神社には「稚日女尊(わかひるめのみこ)」という神様が祀られています。

この神様は、伊勢神宮に祀られる太陽神「天照大神(あまてらすおおみかみ)」の幼名とも、妹とも言われます。

生田神社の創建は西暦201年と伝わり、日本書紀にも登場する神話に由来します。

その年、神功皇后(じんぐうこうごう; 第14代仲哀天皇の后)が朝鮮へ出兵した帰り、現在の神戸港のあたりで船が動かなくなってしまいました。
そこで占いを行ったところ、稚日女尊が現れて「この神戸の地に自分を祀って欲しい」と仰られました。

この稚日女尊を祀るために創られたのが生田神社なのです。

また、生田神社は、もとは六甲山の麓にあったとされています。

それが、799年に起こった大洪水の後、現在の場所に移されました。

その際、もとの境内に多くあった松の木が洪水を防がなかったことから、この神社では松を嫌います。

そのため、ここでは正月に飾られる松飾り(門松)の代わりに杉飾りが飾られています。

杉飾り

生田神社は神戸の中心街である三宮のド真ん中に位置します。

というより、この神社の周辺に街が作られたと言った方が正しいのですが。
「神戸」という地名もまた、この神社に由来します。

その昔、神社に仕える人(神職)のことを神戸(かんべ)と呼んでおり、この神社の周りに神職が多く住んでいたことからその名がつけられたのです。


さて、朱色の鳥居をくぐり境内へ入ると、まずは神様が祀られている本殿へ向かいます。

鳥居

本殿の中へは特別な許可がなければ入れませんので、本殿正面の軒下にて、二礼二拍手一礼の作法で、神様に新年の挨拶をします。

本殿
  
挨拶に加えて、新年の抱負や願い事を述べます。

ただ、挨拶なしでいきなり「こうこうして欲しい」などと願い事を述べても、神様とて気分は良くないでしょうから、効果は期待できません。

しかし、あれほど多くの人の願い事を聞くわけですから、神様もさぞ大変でしょう。

まぁそれができるから神様なのかもしれませんが。

ちなみにここ生田神社にはおよそ155万人、日本で最も多いのは明治神宮で約300万人が初詣に訪れるそうです。


さて、続いては、新年の運勢を占うためにおみくじを引きましょう。

まずは巫女さんから小さな穴の開いた箱を受け取ります。


穴から細い棒を出し、そこに書いてある数字を伝えれば、巫女さんが結果の書かれた紙をくれます。


おみくじ

この紙には、全般的な運勢の良し悪しが「大吉、吉、中吉、小吉、凶」によって示されているほか、
願事、失物、旅行、商売、学問、恋愛、転居、出産、病気、結婚などなど、様々な点についての運勢が書かれています。
この紙は持ち帰ってもいいですが、多くの人は神社の境内にある木などに括りつけて帰ります。

これには諸説あるようですが、神様との縁を「結ぶ」という意味合いがあり、縁起のよいことだとされます。


木に括られたおみくじ

獅子の尻尾にも

さて、本殿への挨拶とおみくじを引き終えれば、これで初詣は終了。

あとは、境内を散歩するなり、写真を撮るなり、お好きなように。

絵馬を書くのもお正月らしくていいですね。

絵馬の表面には、その年の干支が描かれており、裏面に願い事などを書いて奉納します。


絵馬


また、生田神社には毎年、巨大な絵馬が奉納されています。

巨大絵馬

今年の絵馬は羊。

羊と言えば、眠れないときにに数える動物です。

最近は、夢のない時代などとも言われ、若者でも夢を持たない人が多いように感じます。

羊年の今年は、たくさんの人が夢を見れるような明るい年になればいいですね。


さて、初詣を終えて家に帰る途中でひと騒動ありました。

人通りの多い三宮の中心街のど真ん中に、財布が落ちていたのです。

ここがフランスだったら、「新たな持ち主」に拾われるのに3秒とかからないでしょう。

しかし、ここは世界で最も治安のよい日本。 

通りゆく人は落し物気づけども見て見ぬふり。

自分のものにするつもりもなければ、警察に持って行くのも面倒くさいのでしょう。

最終的に、この黒猫の柄が入った財布は僕の手に収まりました。



欧米では、黒猫を不吉な動物とする地域もありますが、日本では魔除けや幸運の象徴とされ、縁起のよい動物とされます。

なので、僕にもきっと幸運なことが起こるはず。

もちろん、財布はきちんと交番に届けました。

悪銭身につかず」です。

この財布の持ち主が引いたおみくじには、「失物」の欄に間違いなく「すぐに見つかる」と書いてあったはず。

もしかしてと思い、僕が引いたおみくじを見てみると、「失物」に「見つかるが役に立たない」とありました。

案の定。。。


山田 剛士

2015年1月15日木曜日

青い葉に、そまる新年、縁起よし。

あけましておめでとうございます。

みなさんはお正月をどのように過ごしましたか?

欧米ではお正月はクリスマスのおまけのようなもので、それほど重要なものではありません。
しかし、日本人にとっては一年で最も重要な行事です。
日本人は普段から縁起を担ぐことが好きな民族ですが、とりわけその特徴がいかんなく発揮されるお正月には、あちらこちらで縁起担ぎのオンパレードが目につきます。

それは大晦日から始まります。

大晦日の夜、私たちは夕食もしくは夜食に「年越し蕎麦」を食べますね。

では、なぜ大晦日に蕎麦を食べるのでしょうか。
 
年越し蕎麦

それは、他の麺類と比べるとコシがなく柔らかいために「切れやすい」という蕎麦の特性から、その年の災いや悪いものを「断ち切る」ためで、
さらに、麺類は長いことから、長く生きられるようにという長寿の願いも込められています。

元旦の朝には、食卓の上に重箱が並びます。


豪華なお弁当のようなその箱を開けると、多種多様で彩り鮮やかな料理が敷き詰められています。
お節料理

そう、お節料理です。
中に入っているものは、地方や家庭によって違いますが、縁起のよいものが多く入れられます。
例えば「海老」は、その形から、背が曲がり、髭が長く生えるまで長く生きられるようにという願いが込められています。
海老

お節料理の代名詞的な存在でもある「数の子」は、子宝に恵まれるように。

数の子

昆布は「こぶ」とも読むことから、「よろこぶ」とかけられ、新年が喜びの多い年となるように。

昆布

縁起ものには、このような「言葉遊び」がよく取り入れられ、縁起のよい言葉と同じ、もしくは似ている音を持つものも縁起のよいものとされます。


縁起担ぎは料理だけではなく、飾りものにも表れます。

一番多く目にするのは、玄関のドアに飾る「注連(しめ)飾り」。

注連飾り
  
日本には、古来より、お正月に「年神様」という新年の神様が各家庭にやって来るという言い伝えがあります。

年神様は、サンタさんのようなもので、プレゼントの詰まった袋こそ持っていませんが、幸運をもたらしてくれます。

注連飾りは、その年神様に迷わずに家に来て頂くための目印、あるいは年神様が訪れるに相応しい家だという証として飾られます。

この飾りものは、「ユズリハ」「ウラジロ」「ダイダイ」という3つの縁起もので作られます。

常緑樹、つまり一年中葉が枯れることのないウラジロは、長寿を呼び込む縁起物。

ユズリハは、その名のとおり、新しい葉が出てきて初めて古い葉が落ちていくことから、家系を代々譲っていく様子に見立てたもので、家系の繁栄を表しています。

ダイダイ(橙)は、だいだい(代々)にかかっており、その家が「代々」栄えるよう願いが込められています。

また、注連飾りには、紙垂(しで)という特殊な切り方と折り方をした紙が添えられます。

紙垂

普段は神社の境内によく見られるこの紙は、その形からもわかるとおり、「稲妻」を表しており、悪いものを追い払うための魔除けの効果があるとされます。

また、古くから雷が落ちると豊作になると信じられていたため、豊かさをもたらしてくれる縁起ものでもあります。


飾りものとしては、門の左右に一対ずつ置かれる「門松」もあります。

門松

これも注連飾りと同様に、年神様を招くための目印です。

門松は、常緑樹で冬でも青々としていることから若さと長寿の象徴として祝いの場に頻繁に登場する「松」と「竹」で作られます。

日本は長寿大国で、WHO(世界保健機関)の調査によると、日本人の平均寿命は84歳で世界一だそうです。

発展した医療のおかげか、はたまた縁起担ぎの効果なのか。

一方で、出生率の低下により少子化問題が深刻化しています。
数の子をいっぱい食べなければ。

2015年がみなさんにとって素晴らしい年となりますように。

また、本年も当ブログのご愛読の程をどうぞよろしくお願いいたします。


山田 剛士 

2015年1月13日火曜日

年の瀬に、世相を残す、年を背に。

フランスをはじめ欧米では、若者を中心にタトゥーを入れている人が多くいます。
その中には、漢字でタトゥーを入れている人を頻繁に見かけます。

寿司や漫画と同じくして、漢字もまた数年前から欧米でブームの的となっているようです。

さて、今回は「漢字」について。

「漢字」はおよそ3000年前に中国で生まれた文字です。

漢字が大陸から日本に伝えられたのは5世紀頃で、それまでは文字というものがに日本には存在していませんでした。

それから数世紀後、日本人は漢字の形を基にして、2つの新たな文字を作りました。

それが「ひらがな」と「カタカナ」です。

以来、我々日本人はこれら3つの文字を組み合わせて文章を読み書きしています。

日本語と中国語は似ており、日本人と中国人がそれぞれの言語で会話ができると思っている外国人は少なくありません。

しかし、幸か不幸か、それは間違いです。

同じ漢字を使っているので外国人からすれば似ているように見えるのでしょうが、日本語と中国語は似て非なるもので、フランス語と英語の関係よりも複雑かもしれませんせん。

日本人は中国語で書かれた文章を読むことができないし、逆もまた然り。

いくつか理由はあるでしょうが、「ひらがな」と「カタカナ」の有無が大きいのではないかと思います。

これら2つの文字は日本語において非常に重要な役割を担っています。

「ひらがな」は、動詞の活用や前置詞、あるいは語気の緩和などに使われ、「カタカナ」は外国語の表記などに使われます。

「ひらがな」と「カタカナ」はそれぞれ46字ずつあり、10万字以上あると言われる漢字に比べると覚えるのは屁でもありません。

とはいえ、日本語の文章を読むためには、そのうちの常用漢字2136字を知っていれば十分なので、日本語を勉強している方はご安心を。

「ひらがな」と「カタカナ」は、アルファベットと同じく「表音文字」という種類に属し、一つの文字が一つの音を持ちます。

対して、漢字は「表語文字」の一種で、一つ一つの文字に意味を持ちます。

これこそが、欧米人が「漢字」に対して興味を持つ一つの理由ではないでしょうか。

僕はフランス人に自己紹介する際に、よく自分の名前の由来を説明しています。

『名字の山田は「山にある田んぼ」って意味やねん。たぶん僕の祖先は山に住む農民やったんやろうな。

名前の剛士(たけし)は、「つよい(剛)サムライ(士)」って意味やねん。僕の親はサムライのように強い人間になるようこの名前をつけたんや』などと言っています。

反応はぼちぼち。たまに予想外の食いつき、たまに苦笑をいいただきます。

さて、漢字と言えば、日本では毎年12月にその年を一つの漢字で表す「今年の漢字」が発表されます。

例えば、2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市が東京に決定した昨年の漢字には「輪」が選ばれ、また、東日本大震災が起こった2011年には、「絆」の文字が選ばれました。

この「今年の漢字」の発表は、京都の清水寺で行われます。

日本で最も有名な寺院の一つです。
江戸時代(1603年-1868年)、234人もの人がこの寺の本堂の舞台、地上13メートルの高さから身を投げました。

清水寺本堂


地上から見上げた高さ13メートルの舞台

彼らは絶望して自殺のために身を投げたわけではなく、願いを叶えるために希望を胸に飛び込んだのでした。

実はこの時期に「もし清水寺本堂の舞台から飛び降り、命が助かったならば願いが叶う」という噂というか都市伝説というか迷信のようなものがあったのです。

この高さから飛び降りれば即死でもおかしくなさそうですが、飛び降りた234人のうちの85%にあたる202人が助かったそうです。

彼らの願いが本当に叶ったのかどうかは僕の知るところではありません。

その後、江戸幕府によって飛び降りが禁止されたため、この噂は消えていきましたが、あることわざだけが現在に至るまで残っています。

それが「清水の舞台から飛び降りる」ということわざで、「思い切って大きな決断をする。もしくは大きな決心をして物事を行う」という意味で使われます。


さて、既にご存知の方も多いかとは思いますが、2014年の漢字はというと...
「今年の漢字」 *写真: www.sankei.com

「税」の文字が選ばれました。

4月に消費税が5%から8%に増税されたことが大きな要因でしょう。

フランスと比べると低い税率ですが、フランスには「付加価値税(TVA)」という、政府が現在検討している「軽減税率」にあたるものがあり、日常生活に欠かせないものにかけられる税率が低くなっています。
消費税は、2015年10月からさらに2%を増税して税率を10%に引き上げられる予定でしたが、経済状況が芳しくないことから、政府はこれを2017年4月に延期しました。
増税に関しては賛否両論があり、安倍総理もまた、「清水の舞台から飛び降りる」ような思いで増税の延期に踏み切ったのかもしれません。


さて、みなさんの2014年はどのような年でしたか?また、2015年はどのような年にしたいですか?

漢字一字で下記のコメント欄までどうぞ。


山田 剛士

2014年6月14日土曜日

歌声よ、届けかなたの、あなたのもとへ。

ブラジルカラーの黄色一色に染まったスタジアム…

待ちに待ったブラジルワールドカップが、開催国ブラジルとクロアチアの対戦でついに幕を開けました。

試合開始前のブラジルの国歌斉唱をご覧になられたでしょうか。

ブラジルの国歌斉唱が始まると、エースのネイマールをはじめ多くの選手が感極まって涙を流し、

6万人を超える観客が国歌斉唱というより「国歌熱唱」。

さらに、国歌を歌い終えるとまるでゴールを決めた時のごとく雄叫びをあげる選手たち。

さすがはサッカー王国ブラジルと思わせる凄まじい雰囲気でした。


サッカーの国際試合では、試合開始前に両国の国歌の斉唱が行われます。

僕は学校で「君が代」を習った記憶はないし、親から教わった覚えもありません。

僕に「君が代」を教えてくれたのはサッカーでした。

三度の飯よりサッカーが好きだった少年時代、テレビの前にしがみついて見た日本代表の試合で、試合前に流れるこの国歌を自然に覚えていったのです。

君が代だけでなく、学校や家庭が教えてくれない多くのことを学ばせてくれたサッカーは、僕にとって先生や父親のような存在だったのかもしれません。

さて、明日の日本代表の試合では、もちろん「君が代」が流れるわけですが、みなさんは「君が代」の歌詞の意味はご存知でしょうか。

「君が代は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔の蒸すまで」
「きみがよは ちよにやちよに さざれいしの いわおとなりて こけのむすまで」

平仮名にしてみるとよくわかるのですが、「五・七・五・七・七」の形、つまり和歌となっています。

(*ちなみにこのブログのタイトルは毎回「五・七・五」になっています。)

というのも、この歌はもともと平安時代から庶民の間に伝わる和歌であり、

明治時代に国歌を定める必要が出てきた時に、この和歌に音をつけたのが「君が代」なのです。

他の国の国歌と比べると落ち着いた荘厳な雰囲気で、悪く言えば地味でちょっと暗い印象を持ちます。

しかし、僕はそこにこそ日本らしさを感じます。

例えばサッカーの試合に挑む選手を想像してみて下さい。

試合を前に選手たちは感情が高ぶってきます。そこに流れるのがこの「君が代」なわけです。

一度高まった感情は「無」の状態となり、気持ちを落ち着けることができます。

「禅」であったり「侘び寂び」とも言えるかもしれません。


国歌が終わった後、一度「無」に持って行った感情は一気に極限状態まで高まります。

大きくジャンプするためには、一度屈む必要があるのです。

言ってみれば、君が代は気持ちの「バネ」を縮める役割をしているのです。



では、この歌にはどういった意味があるのでしょうか。

「君が代は」
「天皇の御代(*在位する期間)が」もしくは「あなたの人生が」

「千代に八千代に」
「千年も、八千年も」 

「細石の」
「小さな石が」

「巌となりて」
「大きな石となって」 

「苔の蒸すまで」
「苔が生えるまで」

つまり…「天皇の御代(あなたの人生)が、千年も八千年も、小さな石が大きな石となって苔が生えるまで、ずっと続きますように」という意味になります。


君が代は、戦後以降、現在でもその歌詞が問題視されることがあります。

「君が代」の「君」は君主のことで、つまり「天皇」を意味するのがその要因です。

「君が代」を問題視する人たちは、この歌は「天皇を賛美しているからいけない」と口を揃えますが、天皇を賛美することの何がいけないと言うのでしょうか。

だったらイギリス国歌の「女王陛下万歳」や、スペイン国歌の「国王行進曲」もダメなのでしょうか。

また、「君」は「天皇」ではなく「大切な誰か、あなた」と解釈することもできます

 
「天皇の御代が永遠に続く」ということは「日本が永遠に存在するということであり」、それは「大切な誰かの人生がずっと続く」ということにつながるからです。

 その昔、世界では領土を巡っての「食うか食われるか」の侵略争いが繰り広げられてきました。

それが「戦争」だったわけです。

戦争に負けて他の国に侵略を許した場合、もちろん国はなくなり、君主は抹殺され、国民は奴隷となり、下手をすると殺されるのが常識でした。

ですから、大切な誰かを守るためには他国に侵略を許してはならず、君主が存在するということは、他国に侵略されていないことを象徴しているわけです。

日本という国は、2674年前(紀元前660年)に初代神武天皇が即位して以来、一度も侵略を受けることなく存続しており、これは現存する国家の中で最も長いのです。(*二番目に長いデンマークで1000年ちょっと)



また、「小さな石が大きな石となるまで」という歌詞は、「起こらないであろうことが起こるまで」という非現実的な比喩表現で、遠回しではありますが「永遠に」を表しています。

しかし、「小さな石が大きな石になる」という非現実的に思える現象は、実は科学的に十分に起こり得る事だそうです。
神社を訪れると、よくこんな石が置いてあるのをご存じないでしょうか。

生田神社(兵庫県神戸市)のさざれ石


橿原神宮(奈良県橿原市)のさざれ石

これが小さな石が合わさって大きな石となったもので、「さざれ石」と呼ばれるものです。

「小さな石が合わさって大きな石となる」というのは、国民一人一人が集まって一つの国を成す様子を想像させます。

この「さざれ石」のごとく日本国民が一つとなり、日本代表の勝利を信じて応援すれば、日本代表がこの「食うか食われるか」のワールドカップの戦いを勝ち抜き、最も長くピッチに立ち続けることもできるのではないでしょうか。
 

山田 剛士

2014年3月13日木曜日

掌を、合わせて見上げる、雲なき空よ。

あれから3年の月日が経ちました。

未だにそこに在り続ける仮設住宅、原発、そして残像・・・。

東日本大震災は、日本に悲しい現実を残していきました。


僕は、昨年の10月まで日仏交流コーディネーターとしてフランスに派遣され、

その活動の一環として、現地の大学で日本についての講義をしてきました。

講義をするにあたって、僕が最も取り上げたかったテーマ、それが「東日本大震災」についてでした。

なぜなら、それが「日本人の精神」というものを最も説明しやすかったからです。

マルヌ・ラ・ヴァレ大学での第二回目の講義でこのテーマを取り上げました。

大学側は、地震、津波に加えて原発の話もして欲しいとのことだったので、

それも併せて「Tsunami et Fukushima -impacts dans la vie politique et la société japonaise-(津波とフクシマ-日本社会と政界への衝撃-)」と題して講義を行いました。

この講義に集まってくれた100人近い学生たちに僕が伝えたかったのは、東日本大震災という生死を分ける困難な状況の中で被災者が見せた日本人の精神でした。








あの時、世界が一番驚いたのは、地震でも、津波でも、原発事故でもなく、

被災者の勇気であり、冷静さであり、思いやりではなかったでしょうか。

東日本大震災の際に見られた光景は、例えば、人々が一人一つのおにぎりを受け取るために列に並ぶ姿であり、おにぎりを配ってくれる人に対する感謝のお辞儀であり、頂いたおにぎりを自分では食べずに他人に譲り合う自己犠牲でした。

食べ物の奪い合いはもちろん、スリも強盗も殺人も全くといっていいほど見られませんでした。

しかし、世界の他の国では同じようにはいきません。

実際、アメリカでハリケーンが来た時、あるいは中国で地震が起きた時、強盗や殺人などの犯罪が相次ぎ、無秩序な混乱状態となりました。

これが世界の「常識」であり、それを覆したのは、家族や友達が津波で流され、自らの命も危うい状況の中で、東北の被災者が示した日本人の精神です。

人はああいった非日常的な危機的な状況においてこそ本当の姿が出るのだと思います。

つまり、あの被災者の姿こそが日本人が潜在的に持っている精神であり、日本という自然に溢れた島国で先祖代々受け継がれてきた精神でもあると思うのです。

僕は、あの大災害が我々に残したものは悲しい現実だけではないと信じています。

あの大災害は我々日本人に、日本人とはどういった民族なのか、その精神を再認識させてくれました。

あの日、日本で何が起こったのかを「忘れない」ということは大事なことですが、いずれまた自然災害はやってくるでしょう。それを避けることは出来ません。

その時、我々は何ができるのか、何をすべきなのか、あるいは日常をどのように生きるべきなのか…

それを「考える」ことこそ、あの大災害が残してくれたものなのかもしれません。


がんばろう日本。

進もう、前へ、前へ。



山田 剛士

2013年2月12日火曜日

冬空に、浮かぶ日を背に、カラスはどこへ。




ご覧ください、この寸止めテク!!

ドライバーの「ドヤ顔」が目に浮かびます。

(3行目にして早くも)話変わって…

先週、うちの事務所に新しい社員(男性←ここ重要)が入ってきました。

実は僕の働く事務所は常勤の社員4人、非常勤の研修生2人、みんな女性なんです。

女性に囲まれて仕事するやなんて天国やな!!と思ってたのに…

まぁそんなことよりもね、彼の名前忘れちゃってしどろもどろ(笑)

「名前なんやっけ?」と思って、でも「あの人の名前何やった?」って聞くのもあれやし…

誰かが彼を呼ぶのを待とうと思って、パソコンカチャカチャしてるフリして聞き耳立てました。

そしたら「ロマリック」って名前だとわかりました。

昼休み、ロマリックが居ない時に、研修生のマノンとモルガンが

「あのムシューの名前なんだっけ?」って言うてたから教えてあげました。

「ロマリックやで!!」って。

「ドヤ顔」で…。


あ、どうも山田です。

さて、今日は日本の「建国記念日」ですね。

そこで今日は日本の建国について話をしたいと思います。

みなさん、自分の国の建国について知っていますか?

日本の建国は今から紀元前660年まで遡ります。

つまり今日は日本の「2673歳」の誕生日となるわけです。

日本は世界中の国々の中で一番古い国で、一番の長老です。

二番目に歴史が長いデンマーク王国で約1000年、三番目のイギリス王国で946年ですから、

日本が如何に古い国なのかがわかります。

日本の建国は神武天皇が日本を統一して初代天皇として即位した日なのですが、

それが2月11日(旧暦の元旦)なのです。

もちろんこれは712年に編纂された「古事記」と、720年に編纂された「日本書記」にある

「神話」の話ですから、「事実」ではないかもしれません。

しかし、「この神話が事実かどうか」は大したことではなく、

大事なのは「日本が文字もない時代に建国されたという事実」であり、

「日本が建国以来、一度も他の民族から侵略を受けることがなかったという事実」です。

他の民族から侵略を受けなかったからこそ、古くからの伝統が今もこの国に残っているのです。

この神武天皇が、太陽神である「天照大神」という神の子孫であるということ、

現在の今上天皇が、神武天皇の末裔にあたるということは、

我々日本人は神話から繋がる「神秘的な国」に生きているということです。



さて、この神武天皇の日本統一に関して面白い話があります。

みなさん、このサッカー日本代表のエンブレムをご存知ですよね?




実はこのエンブレムがこの神武天皇の日本統一に大きく関係しているのです。

どういうことかというと…

神武天皇は日本を統一するために、日向(現在の宮崎県)を出発して東へ向かいました。

熊野国(現在の和歌山県南部および三重県南部)で道に迷われた神武天皇を

大和国(現在の奈良県)へ道案内をして、日本統一に貢献したのが

このエンブレムに描かれている「八咫烏(やたがらす)」なのです。

それ以来、八咫烏は勝利に導く鳥とされ、

現在は日本代表を勝利に導くためにそのユニフォームの胸にいているわけです。

八咫烏は足が三本ありますが、これは「天(神)、地(自然)、人」を表しているそうで、

神と自然と人が一体となっているところに日本人の持つ「自然観」を感じます。

「なるほど!」と思われた方は、さっそく隣にいる人に話してみてはいかがでしょうか。

「ドヤ顔」で…笑。


この建国の話は「日本人と自然、宗教の奇妙な関係」と題した第三回目の大学での講義でも

フランス人の学生たちにお話ししました。

世界のどこの国の人でも自分の国の建国について知っています。

フランス人なら「俺たちが革命で独裁王を処刑して自由と平等、そして友愛を手に入れたんだ」、

アメリカ人なら「俺たちが独立戦争で勝利して人民の人民による人民のための国を作ったんだ」、

ドイツ人なら「俺たちがベルリンの壁をぶっ壊して東と西を一つにしたんだ」と、

誇らしげに、熱く語るでしょう。

ところが、日本人はというと、これら外国の建国については知っていても、

自分の国の建国となると聞かれても答えられない人が少なくないと感じます。

「建国記念日」という一年に一度の機会に、日本という国がどのようにしてできたのかを考え、

日本という国に生まれ、日本人として育ったことを誇りに思うと同時に、

2600年以上もの間この国を守ってきた祖先に対して感謝の念を持つことは、

この国を守るということに繋がるのではないかと思います。

こういったことを感じられるのも、日本から離れた異国にいるからなのかもしれません。


日仏交流コーディネーター
山田 剛士